2011年3月11日の東日本大震災から5年が過ぎたわけだが、震災直後からこの「5年」という数字が気になっていた。その理由は、過去に唯一原発の破局事故を起こしたソ連が、チェルノブイリの事故から5年後に崩壊しているからである。
そこで、2012年9月、小出裕章先生にお目にかかった時、この点について質問すると、小出先生はこう答えてくれた。

「ソ連は1986年にチェルノブイリ原子力発電所の事故を起こして、1991年には崩壊してしまった。その理由はさまざまだと思いますけれども、チェルノブイリ原子力発電所の重荷というのは必ずあっただろうと思います。」

・9.11 小出裕章さんと温泉だら飲みオフ 1/4

実際に東日本大震災から5年目を迎えて、無論、日本が国家として崩壊する兆しはない。
だが、チェルノブイリをも超える有史以来最悪の事故という圧倒的現実は、やはり深いところでとてつもない影響を与えていると思う。

そもそも、旧ソ連と日本は官僚独裁という意味で、国家のシステムが非常に似ている(※注)。
そして独裁国家の肝は情報のコントロールにある。日本はその力(つまりメディア支配)が非常に優れていた上に、民主主義を偽装することで巧みに国民の目を欺いてきた。結果、原子力発電というカネ儲けの山に政財官が群がって原子力ムラという巨大な利権集団が出来上がったわけだ。

ところが、チェルノブイリや福島のような破局事故が起きてしまうと、もはやこれまでのように情報をうまくコントロールすることはできない。どんなに隠そうとしてもいままでのように隠しようがないのが破局的原発事故なのである。
しかも、福島の場合、メルトスルーを起こした原発が3機もあり、依然としてその姿は野ざらしのまま水をかけ続けている。チェルノブイリが4月の事故後、年末までに多くの犠牲者を伴いつつも石棺を作り上げたのとは大違いだ。

原発から漏れ出す汚染水が港湾内にとどまっているなどといくら総理大臣が説明しても、普通に考えればそんなことはあり得ない。
福島で明らかに増えている小児の甲状腺がんと原発事故との間にはどう考えても因果関係がある。にもかかわらず専門家と称する人間がそれを否定しているわけだが、「専門家になればなるほど格納容器が壊れるなど考えられない」などと事故前に放言していた「学者」がいたことを知った今では、「ギョーカイの専門家」の信用は地に堕ちている。この期に及んで「原発のコストは安い」などという言説を信じる人はよほどオメデタイ(それでもメディアはあいも変わらずこれを垂れ流しているが)。

これまで司法判断で原子力ムラに不利な判決が出ることはなかったが、9日には高浜原発の運転差し止めの仮処分が出た。
これまで原子力ムラの周縁にはいても完全なインナーではなかった人びとからすれば、ここで運転を認めてもし破局事故が起きた場合、自ら自身もその汚名が後世まで残ることになるわけで、これは真っ当に司法に生きる人であれば耐えられないことであろう。

つまり、原子力ムラはもはやにっちもさっちもいかない状態なわけであり、多少の巻き返しはあっても、不可逆的に衰退の方向へ向かっていることは間違いない。その危機感が安倍政権の強権的な振る舞いにあらわれている。

ただし、では原子力ムラが潰れたらそれで万事OKというわけにはいかない。
というのも、破局事故の処理には今現在試算されているような金額とはケタ違いのカネがかかるはずだからだ。
私の知る限りでは、その認識を持っているのは政治家では小沢一郎で、かつて「100兆円かかろうが200兆円かかろうが、それでも(収束作業を)やらなければならない」と言っている。これが正しい認識だが、もっと言えばそれで収まるかどうかすらわからない。なにしろこの事故の影響というのは万年単位で残るのだから(それは既存の原発の廃炉後も同じだが、そのことはおいておく)。

現在の工程表では原子炉内で溶け落ちた燃料を取り出すことになっているが、そんなことはできるわけがない。したがって最後は石棺にするしかないが、チェルノブイリのように迅速に行かないのは、内部に使用済み核燃料があるからで、これだけはどうしても取り出す必要があるが、大変に難しい作業である。
そもそも現状では放射線量が高くて原子炉内に人間が立ち入ることができないから、炉内の様子を探るためにロボットを開発しているわけだが、あの荒廃した原子炉内部でロボットがきちんと動くのか、あるいはたまさかうまくいったとしても、このロボットもまた放射性廃棄物になるわけで、これもまた万年単位での管理が必要となる。

小出先生は2011年に国会で「東京電力が何度倒産しても、仮に日本という国家が破産しても贖いきれない被害がすでに出ている」と述べられているが、まさに破局原発の収束にかかるカネは日本経済の先行きを考える上で最大のリスクとなるのである。
ところが、そのことに言及する経済学者はほとんどお目にかからない。私は仕事上、人よりも多くの本、それも雑多なジャンルのものを読むのだが、日本経済に関して書かれた本でそれが楽観的なものであれ悲観的なものであれ、この点に触れたものは見たことがない。
かつてそのことを複数の出版社の編集長に訊いてみたところ、「それを言ったら元も子もないから」という答えが返ってきた。

原発の破局事故が日本経済にもたらす影響は、遅かれ早かれ表面化する。
ただしこれは明らかに大きくマイナスに作用するわけで、その時には原子力ムラの利権構造は相当程度壊れるだろう(もちろん廃炉利権へとつながる可能性はあるが)。
しかし、これは一般国民にとっても当然ながら明るい話ではないわけなく、社会が不安定化する可能性は大いにあり、今よりさらなる悪い方向へ転がる可能性もある。
それがいつになるかはわからないが、原発の破局事故は国家の体制を壊すという旧ソ連の前例は二例目の日本においても当てはまると思うのである。

※注
このことについてはかつて以下のブログに書いた。
・誰も通らない裏道(2006/10/27)
北朝鮮についての続き