本日(2016/0302)の日経朝刊「原発事故5年特集」に細野豪志のインタビューが掲載されているが、とんでもないことをシレッと言ってくれているので紹介しておく(太字部分は引用主)。

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「収束」使わぬ方がよかった 民主党政調会長 細野豪志氏(元首相補佐官)

――福島第1原発事故への対応を巡っては、首相官邸の過剰な介入があったとの批判もある。
「当事者なので正当化したり、いいわけしたりはしない。その場に居合わせた人間としてベストを尽くしたし、できる限りの情報を集めて現場をサポートしたつもりだ」
「原発事故への対応は法律上は事業者の責任で、それを規制側がチェックする立て付けだったが、あの場面でそんな役割分担は無意味だった。政府が監視だけしていても対応しきれなかった」
 ――水面下で専門家に事故の「最悪のシナリオ」の作成を依頼した。
3月11日から15日ごろまで常に状況は想定より悪くなっていた。対応が後手後手だったので、発想を変えた方がよいと思った。『最悪の最悪』をシミュレーションし、そうならないよう手を打つべきだと考えた」
 ――首都圏にも汚染が広がるという内容だったが、公表はしなかった。
「深刻に受け止めたのは確かだ。事故収束に向けた東京の拠点がぐらつくのは避けなければならない。当時、東京から人がいなくなっていた。公表すればさらに加速すると思った。もともとシナリオが現実になると考えたわけではない」
 ――11年末、民主党政権は事故収束を宣言した。
今は収束という言葉を使わない方が良かったと思う。ただ私は(福島第1原発の)現場の作業員を見ていて、休みを取れない彼らの環境を変えたかった。事故のフェーズが変わったと区切りをつける必要があった」
 ――12年9月に原子力規制委員会を発足させた。規制委への評価は。
よくやっていると思う。電力会社からすれば(規制委は)非常に厳しいと感じられるだろう。厳しく(安全性を)審査しているからこそ動く原発も出てきている
 ――福島に対してどんな思いを抱いているか。
「原発事故は人災だ。割り切れない思い、つらさを抱える福島の人々は特別だ。一方で、前を向いて歩く人も増えている。苦しむ人たちがいることを忘れないことと、前向きな動きに光をあてていくこと、両方をやらなければならない」
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野田佳彦による福島原発の事故収束宣言は歴史に残るデタラメで、犯罪的ですらある。それを今になって「収束という言葉を使わない方が良かったと思う」などというのだから呆れるほかはない。

そして高浜原発が再稼働した途端に止まったにもかかわらず、「規制委はよくやっている」という発言。この男、発狂してるのではないか?

一方、その宣言を出した当の野田は「『収束』という言葉を『全て解決』と受け取ってしまう人が出た。言葉足らずだった」などと言い出している。

・河北新報
<あの時政治は>野田「言葉足らずだった」

いま政治の焦点は民主党と維新の合流のようだが、こういうクズ連中がいる民主党を信じることは、今のところできないのである。